郁郁青青

フォトエッセイをたしなみます

薄暗い部屋にいる、いち青年はひとりごつ

 デスクの掃除をして、どこからかふと現れたユウレイグモをなんのためらいもなく指でつぶす。ついえた身体とはきりはなされつつある脚が、ひくひくと動く。それを使い終わったティッシュで拭いて、なにごともなかったかのように捨てる。
 命を奪うということが、かくも心を動かさないものとなってしまったのはいつからだろうか。そのときは嗜虐心があったわけでもなければ、殺す必要があったわけでもない。ただそこからいでる生き物を、目で追うように指でつぶした。暗い部屋のなかでも最も明るい場所で起きたことだった。

 古代ギリシャストア派セネカ(B. C. 4 - A. D. 65)が著し、岩波文庫で『幸福について』とひとまとめにされた『人生の短さについて』を精神に宿らせてから、まだ10年と経っていない。そのかぎりにおいても、ことあるごとに私のあたまには「君たちは永遠に生きれるかのように生きている」とか、「ただちに生きねばならぬ」というロゴスがいきいきと躍動し、活動を幾度となく助けられてきているのである。しかし、こんにちはどうだろうか。たしかにこの駄文を書いている間でこそ本当に生きているのだけれども、普段の私といえば、彼が最も望んでいない、人間の生を「穀物を数えるために浪費」することに費やし続けているではないか。

 ひとは、たしかに米のためにいきているのではない、しかし、あきらかなことは、ひとは米がなければ生きていけない。それはたしかだ。問題なのは、そのバランス感覚である。米も精神的な自由もあきらめないために、人々は「ライフ・ワーク・バランス」なる概念を構築し、それを称揚(そして広告として商用)しつつある。でも、ライフとワークというのは、本当にそんなにクリスプに違うものだろうか。そんなことはないとおもう。

 「好きなことで生きていく」という、安直で、米がありあまり、よっぽどでなければ食うに困って死ぬことは少ない現代においてすごく魅力的な自己実現マジックワードは、多くの人の道を誤らせている気がしている。この、「好きなことで生きていく」という言葉通り、我々が好きなことで生きていくために必要なものが、このフレーズのみからはまったくわからない。我々がいう、「好きなこと」っていったいなんなのか。それは、得意なこととはどう違うのか、あるいはどう同じなのか。自分の好きなことというのは、本当に変わらないものなのか。本当に好きなことを見極めるということは、「好きなことで生きていく」よりもよっぽど難しいことのようにおもう。ニンゲンという、自分自身を懐疑するという、はなはだ気色の悪いいきもの(もっとも、ことに”哲学者”においてその傾向がつよい)は、「なぜなに」を言い出したらきりがない。だから、「これが好き!」ということを見つけると、それについてよく知ったり、その知識によって他人から評価を受けたりして、「これが好き!」をどんどん強化していく。そうすれば、ゆるぎないなにかが自分の中にある気がする。すると、”自分”がいる気がする。そうするとひとは、とても安心する。さて、でもそもそも、生きるってなんだろう。

 さて、これは「ライフ・ワーク・バランス」でも同じだ。好きなことをする、米の種を稼ぐ、そのバランス。その過程においてニンゲンは人生を死に向かっていきていく。だれが頼んだわけでもなく国籍を与えられ、仕組みもよくわかっていない経済体制の中に置かれ、それでも、その生まれた国の国民としてはたらき、納税し、そして死んでいく。そこに懐疑がさしはさまることがないままに、純粋に自分のおかれた社会全体の仕組みを受け入れ、ついぞ抵抗することのないまま人生を終えるものもおおい。ただここでだいじなのは、だからといってその人が愚かだったからでも、逆に賢かったからでもない。見てわかるような知能は、このことにまったくかんけいない。人生を生きるのと、働くことはバランスをとるためにどうこうと操作できるほどに違うものかどうかはあきらかではない。ひとは働くし、同時に生きている。

 「好きなことで生きていく」と、「ライフ・ワーク・バランス」の両方に共通する、2つの暗黙の前提がある。第1に、いきる、ということと、はたらく、ということは全く異なるということ。つまり、好きを仕事にする、という発想は、好きじゃないを仕事にする、ということがありえる、という発想に基づくし、ライフワークバランスなどは読んで字のごとく、人生と労働を全く異なるものとしてとりあつかう。第2には、これはすこしややこしいが、そこには「自分が与えられている、”社会”という文脈において」という条件文があるということだ。わすれてはいけない、わたしたちがいきているのは、わたしたちの祖先がつくり、そしてわたしたちがこれから作っていく”社会”であり、いかなる意思決定においても、社会の影響を強く受けている。わたしたちは社会であり、社会はわたしたちである。いかに切り離されているとおもっていても、なにかしらの形で、たとえばあなたが誰かと話すことによって、社会はつねに生き物のようにつくられている。「いかに生きるか」という話、それは、健康な人間にはあまりにも自由すぎて選択肢がおおいから、その指針が欲しくて聞きたいだけなのではないか。あれっ、そもそも、「直ちに生きねばならぬ」というのは、誰か他人が、あるいは自分のこころが社会から受けたいろんな影響を踏まえて考えた「生きる」を、ただちにするということだ。つまり、生きるって、素朴にいうけれども、それってありあまる健康のもとにしかなりたたないものの話をしてるんじゃないのか?それって、誰かを追い詰める凶器になるような考え方なんじゃないのか?

 「だからなに?」、だからなんだろうね。でも、すくなくとも私は、「そう信じる」ということと「そうである」ということは違うし、「そうである」ということも、正直言って誰にもよくわからないから、みんなが不安にならず、飢餓を起こさないように自分のなかで折り合いをつけているんだね、という了解(これが意味するのは、”賛同”ではないということだ)が私の中で得られれば、それでいいかな。たしかに、健康なときは「直ちに生きねばならぬ」、それでいい。そうでなければ、そのような”生きる”言説なんか噓だといえばいい。どっちが正解かなんかない、っていえばいい。でも、「どっちが正解かなんかない」っていうんだったら、その考え方も正解じゃない。正解がないことが正解なんて、自分で自分を論駁してしまっている。だからきっと、どこかには正解があるていで、ひとまずは探してみるしかない。まだ誰もたどり着いていない、たどり着くのかもわからない、そもそも、探さないって手もあるんだ。探しているものがなければ見つかるものもない。そういえば、たしかセネカはこうも言っていたな。"Ignoranti quem portum petat, nulls ventus est"(どの港をめざすかわからなければ、順風は吹かない)。

 つぶしたクモはもう生きられない、でも私は生きている。こうして駄文を書き散らして、またわけがわからなくなって、そしてまた日常へと、当座の目標のために埋没する。わたしが、専門にしてしまうほどに哲学が好きなのも、哲学がまだ懐疑主義を回避しきれていないからであり、そこにはまだ「わからない」があるからだ。事実探究においてもそれは多いが、私にとっては、事実を処理するフレームとしての哲学の「わからない」のほうが、価値のある気がする。これも私の安心のひとつ。でも、「わからないことをわからないという」こと自体もまた、とても安心する。私が”なぜ”、あのユウレイグモを殺してしまったのか、私にはわからないからだ。

夕刻

 利根川から分岐し,50km以上の旅を経て東京湾に注ぐ江戸川。その河口がある街に戻ってきたことは,私の人生にとって大事なことだったと思う。その日は特に,夏の厚い雲を見事に縁取る太陽が美しかった。f:id:ignoramusbimus:20210725204402j:plain    

 滴る汗をぬぐいながら,キャンプをする人たちや,子供を遊ばせる親たちの間をすり抜ける。街中と同じように,人々の食べ残しにたかる鳩が歩き回り,そこに虫を食べに来たムクドリがやってくる。太陽が雲から顔を出し,木陰に集まるその鳥たちを照り付けると,みな一丸となって飛び立っていった。

f:id:ignoramusbimus:20210725204920j:plain

f:id:ignoramusbimus:20210725205826j:plain

 鳥ほどに瞬発力のない人間を横目に,お気に入りの場所に向う。 汽水域あるところに干潟の気配あり,江戸川の下流もその例外ではない。強烈なグラフィティの前に,小さな小さな干潟,それこそ,日本の法律による定義では干潟として認められないような。

f:id:ignoramusbimus:20210725210621j:plain

 たとえそこが干潟と呼ばれえなくとも,たしかに生き物たちを包む小さなゆりかごがそこにはある。

f:id:ignoramusbimus:20210725211056j:plain

トビハゼ

f:id:ignoramusbimus:20210725211032j:plain

アシハラガニ

 ゆりかごは,人と自然のあわいにある。干拓が進む中,その"魔の手"を逃れている三番瀬も,江戸川河口からそう遠くない。その大きなゆりかごと同様に,多様な命を育む土壌がここにもあるはずだ。しかし,このゆりかごはそう長くもたないだろう。

f:id:ignoramusbimus:20210725211916j:plain

不法投棄された中身入りの木炭箱,それを包むビニール袋も,軍手も放棄されている。
アシハラガニがその前を歩く。

f:id:ignoramusbimus:20210725212254j:plain

木炭を味見するアシハラガニ

 炭は土に還らない。あなたは荒らされるこの小さな干潟の様子をみて怒りを覚えるだろうか。そして公平に、同様の感情を街中の全てに向けることができるだろうか。

f:id:ignoramusbimus:20210725213433j:plain

 この小さな干潟を出るころには,すでに日が傾き始めていた。相変わらず空が綺麗だったので,ひたすら広い所に行きたかった。

f:id:ignoramusbimus:20210725213248j:plain

 しかし,何度見ても変わらぬ空への感動も束の間だった。

f:id:ignoramusbimus:20210725213639j:plain

f:id:ignoramusbimus:20210725213936j:plain

f:id:ignoramusbimus:20210725214243j:plain

 その日,江戸川河川敷キャンプ場では30箇所以上に炭の不法投棄が見られた。

f:id:ignoramusbimus:20210725214943j:plain

 炭の不法投棄で脅かされるのは自然だけではない,人間の子供も,誰かに棄てられたイエネコも。そもそも,”自然”を脅かすということは,我々自身の存在をも脅かす行為だ。

f:id:ignoramusbimus:20210725215427j:plain

ゴミ袋有料化は,あれほどまでに批判されるようなことだっただろうか。

 私の不安をよそに,夕日はまた見事に雲を縁取っていた。

f:id:ignoramusbimus:20210725215737j:plain

 すっかり日は落ちて,家路につく。明日からまた,恨めしいことに一人の人間として,人間のうちの一人として生きていかなくてはならない。

f:id:ignoramusbimus:20210725220045j:plain

わたしたちはなにをするべきでないのだろう。